勝手だろう? 「未来」と言われれば不確かなのに、「明日」が来ることは疑っていないんだ。いつ死ぬかもしれないと頭では分かっているのに、任務中ならともかくこうしている今はそうと思えないんだ。
単なるわがままだなんて分かりきってる。でも……ねえ、信じてもいいんだろう?

―― 憶甜 [早く昔になればいい]

聖王国シーハーツは首都シランド、王城。
「ああ、クレア。お疲れ。……珍しいね、アリアスの状況はどうだい?」
フェイトたちが星の船に――少なくともネルの目の前から文字通り消え失せてから、しばらく経っていた。淋しくないといったら嘘になる。だからこそネルは、休む間もなく動いていたのだが。
ある日唐突にクレアが彼女を訪ねてきて。曰く、アリアスの復興状態を一度直接女王陛下に報告しに来たついで、らしいのだが。美しい銀髪のネルが一番信頼する人物は、いつもの優しい笑みを……なぜか浮かべていなかった。
「……何か厄介なことでも起きたのかい?」
「ネル。――いえ、そうじゃないわ。そうじゃ、ない。……ただ、」
言いかけて逡巡して、そのさまにネルの表情が強張ったのを見て――困ったように微笑む。
「ごめんなさい、不安がらせるつもりはないの。アリアスは順調だし、ファリンもタイネーブもがんばってくれているわ。
――ネル、噂はこちらまで流れてきているかしら」
「……うわさ……?」
クレアは話しているうちに落ち着いてきたらしい。いつもの穏やかな笑みを浮かべて、こくりとうなずく。
「……しばらく前から「漆黒」団長が行方不明だ、って噂」

何かが引っかかったのだと、クレアは言った。何かが引っかかっていても立ってもいられなくて、報告ついでにネルに会いに来たのだと。言うだけ言ったらすっきりしたわ、と彼女はアリアスに戻って、ネルは城の自室でベッドに腰を下ろしていた。
「……「歪のアルベル」が行方不明……」
フェイトと別れて、気が付いたら姿を消していた男。役目は終わったとかなんとか、いつものように傍若無人に吐き捨ててアーリグリフに戻ったはずだったのに。どうやらカルサア修練場に戻ったのは確かで、けれど最近姿が見えないとか。
常に自分本位なあの男のことだから、気まぐれで姿を消してもおかしくない。おかしくは、ないけれど――、
「……あの馬鹿、どこほっつき歩いているんだい……?」
クレアの不安が伝染したように、先ほどからネルは落ち着かない。
最初は憎んでいたけれど、今はそんなことはない。なりゆきでもなんでもしばらく同じパーティにいて、噂どおりの無鉄砲さと噂とは違う不器用な優しさと、そんな男を今のネルは知っていて。
だから、いくら傍若無人な男でも。彼なりに忠誠を誓っているアーリグリフの王に無断で、いきなり行方不明になったらしい、ということが。ありえると思う反面、ネルにはどこか腑に落ちない。
「馬鹿……」
ふと思い出してしまった紅い目の熱さ。ネルは息を吐いて頭を振って、それを追い出す。
――なんとなく、姿を消したフェイトに関わっているような気がする。落ち着かないのに、それは不安からではなくて。でも気にかかって仕方がなくて。
そんなことを考えていたから、
「……ネルさん? すいません」
だから、その時ノックされたドアに、入ってきた青髪の青年に。
――だからネルは、驚くより先にきょとんと瞬いた。

◇◆◇◆◇◆

前触れもなく唐突に、当然のようにふらりと姿を現したパーティリーダーから。事態の説明やらこれからの予定やらそんなことをあれこれ聞いていろいろ話して、そしてその背を見送って。
「――てめえ、どういうつもりだ」
すぐあとに騒々しく訪ねて来た男の一声は、そんなものだった。
星の船の一連の事件が収まってから一時期、行方不明になったはずの漆黒団長は。いきなり現れたフェイトたち一行の中に、当たり前のように紛れていた。――どうやらなりゆきから彼らに同行していたらしい。行方不明になるのも当然だ。
「何がだいこの馬鹿」
「あァ……!?」
少し見なかったはずなのに、だいぶ変わった気がする男。左腕のガントレットをはじめ、装備一式がネルには見たことがない材質の見慣れないデザインのものに一新されている。もともと隙のない身のこなしにさらに鋭さが増して、そこからずいぶん腕を上げたことが推測できる。ちらりと見た限り、ネルの知らない傷痕が確かに増えている。
――顔を見なかったたった数日の間に、まるで別人にでもなってしまったように。

なんとなく、置いていかれたような淋しさが押し寄せて、
「何がだいこの馬鹿。前触れもなくいきなり行方不明になったと思ったら、……アーリグリフではそれなりに騒ぎになったそうじゃないか。一応仮にも大勢の人を統べる立場なんだ、簡単に責任ほっぽり出しといて偉そうにするんじゃないよ」
思ってもいなかった言葉を口が勝手に紡いで、ネルは内心焦る。多分そんなことは気付かずに、ただ言われた台詞に腹を立てたらしい相変わらず狭量な男が、ぐっと彼女の肩を掴むと手近な壁に押し付けた。
腕力では相変わらずまったく敵わない事実が悔しい。
「……図星指されて怒るんじゃないよ、馬鹿。中身は全然変わってないじゃないか」
「黙れ。――フェイトから聞いた。てめえ、どういうつもりだ?」
くっと顎を掴まれる。至近距離に、知らず顔が熱くなる。一見冷たいようでいてその実誰よりも熱い男は、紅はやはり今も熱を帯びていて。肩を押さえるガントレット、武器に違いないそれで怪我をしないように、不器用に気遣っているのが分かる、それがいたたまれない。
「……俺はてっきり、てめえも来るんだと思ってたがな」
激しさを増す一方の胸の鼓動に気付かれてしまわないか、そんなずれた心配をネルがしていると。やはりまったくそれに気付かないアルベルが唸った。
聞いた言葉が理解できなくて、瞬いた瞬間ようやく意味が分かって。ネルは大きく息を吐く。
「……馬鹿」
「さっきからそればっかりだな阿呆。答えろ」
「偉そうにするんじゃないよ」
声は、震えていなかっただろうか。

「……仮にも国の重鎮が、気軽にほいほい出かけるわけにはいかないじゃないか。戦争の事後処理だって、まだ終わっていない、ただでさえ人材がごっそりやられて、猫の手も借りたいところなんだ」
「……国の重鎮、か」
馬鹿にしたように吐き捨てる。いや、確かに馬鹿にしているのだろう。鼻を鳴らして、ふてぶてしいいつもの歪んだ笑みを浮かべる。
「フェイトの話が理解できたか? 国どころか、世界そのものが消えかかっているらしいが」
「……それは、分かったよ。ほとんどちんぷんかんぷんだったけど、それは分かった」
だったら、と続けようとするアルベルを、ネルは上目遣いでにらみ付けた。厚い胸板を押して、自分でも分かる無駄な抵抗を続けながら、彼女も口の端を吊り上げる。
「そんなにあたしに同行してもらいたいのかい、あんたは。
――そんなに、あんた自身やフェイトの力を信じていないのかい。あたしを買いかぶっているのかい」
そうしてふっと目を伏せて、
「あたしはフェイトを信頼してるからね。世界はなくなったりしないと信じてる」

腹芸のできない男は、どうやらフェイトを誉められたのが気に食わなかったらしい。むっとした顔、ぎらついた紅。
ネルはただ、笑う。
「フェイトを、あのパーティにいるみんなを、――あんたを信じてるんだ。
勝手だろう? 「未来」と言われれば不確かなのに、「明日」が来ることは疑っていないんだ。いつ死ぬかもしれないと頭では分かっているのに、任務中ならともかくこうしている今はそうと思えないんだ」
単なるわがままだなんて分かりきってる。でも……ねえ、信じてもいいんだろう?
押しのけようとしていた腕が迷って、――肩を押さえ付けるガントレットを包むように細い指が触れた。不機嫌な無表情を、そのくせいぶかしんだ疑問を浮かべる端正な顔に、その頬に触れた。
「信じているから、あたしはここで待つよ。あたしにできる精一杯で、みんなが帰ってくるのを待ってる。――あんたが帰ってくるのを、待っていてやるさ」
「……フン」

◇◆◇◆◇◆

ふと肩から痛みが消えた。冷たい鉄の感触が背筋を伝って下りていって腰が引き寄せられて、至近距離にあった熱い紅が、さらに近付いた。
心臓の鼓動は、きっともうばれているのだと思う。かあっと背に広がった熱も、なぜか潤んできた瞳もばれているのだと思う。事態に付いていけない、けれどパーティに同行することを決めたアルベルの、その焦りや苛立ちをネルが感じ取っているように。
悔しいくらい、ほだされてしまった今だから。
「あんたを信じて、信用して任せるんだ。負けたら承知しないよ」
「……誰に言ってやがる阿呆」
おずおずとアルベルの背に回る細い腕。伏せられる紫、細くなる紅。
「無事に帰ってきな……アルベル」
「阿呆」
……もしもどこかで野垂れ死んだりしたら、許さない。

いつ帰るとも分からないあんたを、待っていてやるから。待ち続けるから。信用して信頼して、全部あんたに預けてやるから、あんたの全部を預かってやるから。
苦しいのもつらいのも、全部分かっている。でも、信じているから。
だから早く帰ってきてほしい。無事に帰ってきてほしい。こんな想いを抱いたことなど、そんなことを考えた今など、
――早く昔になればいい。
――早く思い返せるようになればいい、懐かしい思い出になればいい。

―― End ――
2004/10/03UP
早く昔になればいい / 創作さんに15のお題_so3アルベル×ネル_
OFP
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憶甜 [早く昔になればいい]
[最終修正 - 2024/06/14-15:20]