彼はいつだって唐突にやってくる。

―― 三回目の喧嘩で学んだこと

「よっ。今日も仲いいなあお二人さん」
「えっ」
今日も、そんな感じだった。いきなりの声に振り向けば、軽い調子で片手をあげた、どこか底を読ませないいつもの笑顔がそこにあった。図書館――大戦前のそれとは何もかもがスケールダウンしているらしいけれど――の閲覧ブースは当然公共機関なので、二人と同じく学生のクロウも同じくここを利用しに来たのだろう。
「エッジ、お前またレイミちゃんに泣きついてんのか。赤点回避くらい自力でやれって」
「なっ、……くっ。カンと運だけでどうにかできるほど要領いい人間じゃないんだから仕方ないだろっ! ……っていうかちゃんづけでレイミを呼ぶなよ!!」
「そういう自覚があるなら試験範囲全部、マジメに勉強すりゃいいだろうに。レイミはできてるんだし。学年一緒じゃなかったらどうしてたんだよホント」
「呼び捨ても禁止だっ!!」
「おまえはナニサマだ、エッジ。おまえは彼女の何なんだ。俺が彼女をどう呼ぼうが、それは俺と彼女の問題だろう。彼女が嫌がっているならまだしも、そうでないならお前の出る幕はない。違うか?」
「ぐっ……!」
「あとここは図書館で、大声だしちゃいけない場所なんだがな。なあ、エッジ」
「…………わかってるよ!」
「どうだか」
いや。もしかしたら、彼の目的は図書館の利用ではないのかもしれない。単純にエッジをからかいに来たのかもしれない。まじまじとエッジのノートを覗き込むクロウに、レイミはそんなばかげたことを思いついて、――否定できなかった。
いつだって楽しそうなクロウだけれど、エッジをからかう時の彼は、いつにも増して輝いて見える。……気のせいだと思いたい。
「なあレイミちゃん、こいつのお守り大変じゃないか? 大変というか、面倒くさい」
「わたしが好きでかまっているんです」
ひとしきりエッジをいじって満足したのか、クロウが顔を上げた。じっと二人を観察していたのはとっくにばれていたのかもしれないけれど、何となく気まずくなって、さりげなさを装ってレイミはノートに目を落とす。
「ほーら、な」
「……別におまえの手柄じゃないし」
「なっ、て、手柄とか思ってないし!」
やっと開放されたエッジが自分からクロウにからかわれに突撃しにいって、クロウの意識がレイミからエッジに戻る。

◇◆◇◆◇◆

……なんとなく、レイミはクロウが苦手だった。
端正な顔立ちだし、文句なしに強いし、頭も切れる。気に入った相手――エッジが筆頭だ――をいじって楽しむところはあるけれど、性格が破綻しているというほどでもない。そんな彼に好意的に接してもらっているのは嬉しいし、それがなくても尊敬しているし、好き嫌いでいうならまず間違いなく好きだし――まあ彼を嫌う方が難しいけれど――、それに、世界中でたった三人だけのフォーチュン・ベイビーという仲間だし、――ただ、
ただ、こころの奥底まで見透かされそうな気がして、それが、たったそれだけがどうにも苦手だった。
たぶんそれはレイミだけではない。いつだって人気者のクロウは、いつだって人の輪の中にいる彼は、本当はその中心からほんの少しずれている。鋭いクロウは当然それをわかっていて、きっと、だからだろう。身を引く相手を追いかけることは、しない。
そんな彼がエッジを気に入っているのは、ちょっとつつくだけで真正面からバカみたいに突っかかっていくからだろう。新鮮で面白くて、だからつついていじって、……エッジがそれに気づくのはいつだろう。

いつまでも気づかないかもしれない。気づいていても変わらないのかもしれない。
すでに、気づいているのかもしれない。それでも今までどおりなのかもしれない。
わからない、けれど。

◇◆◇◆◇◆

「だーかーらー、口で勝てないからって殴りかかってくるのはどうかと思うのよおにーさん。まあ、殴り合いでだっておまえに負ける気はカケラもないけど」
「誰が誰の兄だってんだ! くっそ、避けるな!! 好き勝手いってないで、こうなったら表でろ!」
「えっ、本気でフルにボコられタイム? ……あ、補足するとおまえがボコられる方な」
「ちょっとエッジ!? ……試験は明日なんだから真面目に勉強を……」
「それホントか、レイミちゃん。それはボコられてる暇ないだろエッジ。
よし、やさしいおにーさんが一肌脱いであげよう。教科書貸してみな、ちょっとヤマ当ててやるから」
「だから! 誰が!! 誰の! 兄だって……」
「じゃあクロウ様って呼んでいいぜー。あ、レイミちゃん何かペンある?」

もはや何をしに来たのか本当にわからないクロウが、いかにも適当に本にしるしをつけていく。その適当さにエッジが非難の声をあげて、公共の場所での大騒ぎにそろそろ係員が飛んできてしまいそうだ。わめくエッジの口をおさえるべきかおろおろと迷いながら、それでもレイミは笑っていた。

何となく苦手なクロウは、こころを見透かされそうな居心地の悪さは、きっとずっと消えないだろうけれど。それでもクロウはやはり好きだし、こうしてじゃれあう時間はとても楽しい。
この関係がずっと続いたならいい。
エッジがクロウに反発しながら、それでも全力で向かっていく姿を。ずっと見ていたい。いつか和解するかもしれない未来に、いつかエッジがクロウを超えるかもしれない未来に、そんな未来のエッジのそばに、いられたらいいと思う。
こうして、三人で。
わいわいと楽しくやっていけたら素敵だと思う。

◇◆◇◆◇◆

翌日。クロウのカンは大あたりで、全範囲完璧だったレイミはもちろん、反発しながらも印のついた部分を重点的に勉強していたエッジも合格ラインを軽くクリアした。むしろエッジにいたっては、過去今まででいちばんいい成績だった。
それが当人にはとてつもなく屈辱的だったらしく。
こりずにクロウに突っかかっていって、今度こそフルにボコられたりした。

そんな、数年前の日常の一コマ。

―― End ――
2010/09/29UP
彩日十題_so4エッジ×レイミ_
OFP
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三回目の喧嘩で学んだこと
[最終修正 - 2024/06/17-13:53]