――やめてくれ。
思った。
――こんな攻撃にゃ、耐性がねえんだ。
思っただけで、何も言えなかった。
ぱしぱし、と手の甲に何かはたかれている感触があった。ぼんやり瞬いたクリフは自分が居眠りしていたことを発見して、そして、
「もう、クリフさん! こんなとこで居眠りしてたら風邪引きますよ、休むなら部屋戻ってください!! そもそも針扱っているんですから、小さいからって馬鹿にしていると痛い目見ますよ!」
――そして、ぷんぷんと怒っている愛らしい顔。
ぼんやり見下ろした彼の手にはもはやくしゃくしゃになった布があって、布もとい服があって、雑な縫い目が走って途切れて糸につながって。たどればそこにはなるほど、針がぶらぶら揺れている。
……あーっと……?
「ほら、貸してください。つくろっておきますから」
言われて差し出された小さなてのひら、すねたような、でも大部分は笑ったような、そんな笑顔も一緒に向けられる。華やかな笑顔に、照明ががんばっているような気がしてくる。
……そうだ。
戦闘三昧で、服がどんどんぼろぼろになっていった。特にここ最近はダンジョンにもぐっていたのもあって、なおさらそれはひどかった。
……どうしたものか、新しいものを買おうか。金はあるし。
そんなことを思っていたなら、手先が器用で気の利く少女が気を利かせて名乗り出た。
――これくらいならつくろえますよ。ちょっと待っててください、ソーイングセット持ってきます。
いうなりくるっと身を翻して、断る隙さえなかった。しかもあっという間に戻ってきた。
任せても良かったけれど、任せきりで逃げ出すのもどうかと思って。特に用事もなかったし、何となく気分が向いたからそのまま彼女にくっついておくことにした。
くっつくからには何かしなければとか思って、面白そうだなやらせてくれや、と手を出してみて。
「……人間、向き不向きがあるんですよ」
「いや、そうかもしれねえけどよお、」
「クリフさんはこういうちまちましたことじゃなくて、もっとこう、大きなものの方がきっと合うんです」
「そりゃそうかもしんねえけどよ」
「だから別に恥ずかしいとか情けないとか、思う必要ないですからね?」
ちくちくちく。言い出しただけあって、華奢な手の動きには迷いやら戸惑いやらがない。何気なく針を動かして、気が付けばほころびやら穴やらが、まるで最初から存在しなかったようにきれいに消えている。消えていく。
魔法のような手はけれどやはり華奢で小さくて、何だか不思議な感じがする。
ともあれどうやらフォローされているらしいクリフは、髪に手を突っ込むとばりばりとかきむしった。
――別に裁縫など、
――できないのが情けないとは思わない。
――服がぼろぼろになったら、別にいちいち細かく直さなくても。
――複製するとか新しく買ってくるとかすればこと足りる。
――そうやって思ってきたし、だから「直す」なんて発想もとからなくて。
――いや、こうして繕ってくれるなら、この服はまた着サセテイタダクけども。
――発想はそうだから、今でもそう思っているから。
――裁縫なんてできなくても、生きていけるじゃねえか。
クリフは正直そんな風に思う。
思う反面で、
「……そんなんじゃなくてよ。オレは一応、身の回りのひととおりくらいは、」
「分かっていますよ。
お料理だってお掃除だって、ちゃんとひととおりできていますよね? 今のこの裁縫だって、冒険途中になったなら、街に着くまでちょっとしのぐくらいなら何とかなると思います」
「お、ちゃんと見てるじゃねえか嬢ちゃ、」
「――でも、すごく豪快ですよね!」
たぶん本人にはそんなつもりはないだろうけれど、ちょっと持ち上げられたあとでその一言は効いた。どうでも良いと思っていた裁縫だけではなくて、どうやらその他のことも一緒くたに一刀両断されたのはかなり効いた。
動きの止まったクリフに気付かないまま、笑みさえ含んだ悪意のない刃が、
「お料理なんて、食べられれば問題ないって感じで。味付け豪快ですし、細かい調整は自分でやれって調味料渡されて……わたしには味が濃いから、調味料よりもお水ほしいですけど。
お掃除も、部屋のスミの角とかは全部無視して、人が移動するエリアだけホコリがないならそれでいい、って思ってますよね? ああそういえば、いたずらなのか、よく不安定にいろいろ積み上げてあるの、やめませんか?? うっかり崩したら危ないですから」
的確な言葉がぐっさぐさくる。
たとえば養女のように根本にからかいやらなにやらがあればともかく、まるきり無邪気というのがむしろいただけない。
たとえば相棒のように笑顔にごりっとした怖いものがあれば身構えられるのに、そんなにやわらかくふんわりやさしく微笑みかけられると。安心した心にぐっさりくるのは、ちょっと痛い。
かなり痛い。
――やめてくれ。
思った。
――こんな攻撃にゃ、耐性がねえんだ。
思っただけで、何も言えなかった。
やはりそんなクリフに気付かないまま、彼女が手にしたクリフの服をばさっと広げて、
「この繕い方も、本当に「町に着く」まで、ですよね。町でこのまま歩いたら、恥ずかしいかも。
ダメですよ、エリクールにいる限りレプリケイターなんて稼動させられないんですから。いちいち買ってたらお金がもったいないし」
「……」
「とりあえず、飽きっぽいこと自覚して飽きて投げ出す前にどうにかしようとしているのは、分かりますけど。飽きる前にちゃんと大雑把に終わらせているのはえらいと思いますけど。
でも、もうちょっと何とかなると思うんです」
「…………」
ぐうの音も出ない。
……こんなことなら、素直に服預けてとっとと逃げれば良かった。
すっかり凹んで、けれど凹んでいることは表に出すまいと無駄にプライドが意地を張って。きっとだまされてくれているソフィアが、ただにこにこと、
「何にもできなくて、でもやろうともしないフェイトに比べたら、昔のフェイトさんに比べたら。全然クリフさんの方が上ですけどね!」
「そ、そうか……?」
絶対に本人にそんなつもりはないのに。
一言で一気に浮上したクリフに、ばさっと布が渡される。九割がたつくろい終わった、けれどまだ終わっていない服が返される。
「じゃあ、まずこれからですね! がんばってください、分からないことあるなら何でも答えますから!!」
油断したところの攻撃に、やわらかな会心の一撃に。
――クリフは、今度こそ撃沈した。
にまー、疲れた笑いでがっくり肩を落とす彼に、
分かっていない少女は、分かっていないままにただにこにこ笑っている。
