自分が役立たずと感じてしまうことは。
――多分、この世で一番つらいことだと、
思う。

―― Tut es noch weh?

連邦軍第六深宇宙基地司令官ヴィスコム提督の旗艦、戦艦アクアエリー。
ひょんなことから「敵」の懐に入り込むハメになって、けれど子供っぽい単なる好奇心から、そのときクリフはあちこちをうろついていた。
そこで。
プレイルーム近くの片隅に、暗がりに。なぜかうずくまっている人影を発見した。

◇◆◇◆◇◆

「?」
二、三度瞬く。眉を寄せて、首を傾げてみる。
クラウストロ人特有の驚異的な視力および、今までのいろいろな経験からの気配を読む能力で、ずいぶん遠くからそれが誰かは分かったものの。
――なぜ彼女がそんなところにしゃがみこんでいるかが、まるで分からない。
クリフは無意識に消していた足音をわざと立てて、人影の元までゆっくり歩いていく。
重そうな、けれど実際の体重を思えばずいぶん軽い、乱れのない一定のリズムを刻む足音に。しゃがみこんでいた人影がぼんやりゆっくり顔を上げる。
「……よお、どうした? ハライタか??」
「ちがいます」
三歩ほど手前、クリフがその気になったなら距離を一気にゼロにできる距離で立ち止まって、自覚して的を外した声を投げれば。少しだけかすれた、けれど思ったよりもしっかりした声がすぐに返事をして。
小さな手が、目元をこすっている。
「体調でも壊したか? 医務室に、」
「だから、ちがいます……ありがとうございます、クリフさん」
元から細っこくて小さな身体をいまだに丸めて、膝をかかえた状態で言われても説得力がない。腰に手を当ててそんな少女を見下ろしたクリフは。
眉を寄せたまま苦笑してみせた。
「オレを納得させたかったら笑ってくれよ。どうした嬢ちゃん? なんでもしてやるぜ」
「別に、何もいりません。……大丈夫ですから」

――なるほど、こうしてまじまじと見れば、淋しそうに微笑む彼女はなおさらペターニの花売りの少女と重なった。
こうも似ていると実際他人とも思えなくて、あの時フェイトが勘違いしたのも道理で。ナンパの台詞としてはありふれたものだと、苦笑したことを思い出して。
同時に、少女が花のように儚く散ったときのことまで思い出して。

クリフは、とりあえず犬歯をむき出しににやりと笑ってみせる。
ぴくん、今も膝を抱えたままの少女――ソフィアが小さくはねて、きっとそんなクリフの顔に怯える。
「で、こんなとこで何やってんだ?」
「……何って……、
――……くよくよ、してました」
怯えたわりに、なかなか面白い答えが返ってきた。クリフは今度こそ破顔する。表情ひとつで少しだけ警戒を解いたソフィアに、茶目っ気たっぷりに片目をつぶって見せる。
「なるほどな。
ところで、暇をもてあましてるオジサンに、ちょっとナンパされてくれよ。茶でもしばこうじゃねえか。……大丈夫、取って食いやしねえよ」
小さな涙の粒が残るソフィアの顔に、かすかな苦笑の波が揺れる。
クリフがさし出した手を丁寧に断って、ゆっくりと立ち上がる。

◇◆◇◆◇◆

手近なところで、プレイルームに向かうことにした。
クリフにはすでに懐かしい、ペターニの工房を真似た幻想の部屋で、いかにも不慣れな手つきで適当に飲みものを用意しようとする彼を制して。ソフィアが流れるような見事な手さばきで紅茶を淹れる。クリフのカップにはブランデーを、ソフィア自身にはたっぷりのミルクと砂糖を。飲みごろの温度で。
さらに茶請けに焼き菓子まで用意して。
甘くて温かい飲みものに、ほっと息を吐く少女にクリフは笑いかけた。
「……で、どうした? フェイトと喧嘩でもしたか、マリアにいじめられでもしたか??」
「いいえ」
――結局警戒はまるきり解かれていないのかもしれない。
瞬時に返ってくる硬い声に、クリフは少しがっかりする。大袈裟にがっくりするクリフに、困った顔のソフィアが、
「喧嘩してませんし、マリアさんは親切です。何も問題はないんです」
そこで言葉を切って、どこか冷静すぎる温度の目でまじまじ見つけるクリフからゆっくり顔をそむけて、
「……ただ、思い知ったんです。
わたし、役立たずだなあって。何の役にも立てなくて、足手まといだなあって」

◇◆◇◆◇◆

自分の力を思い知って、そのことを思い出して。花がしおれるようにしょんぼりしているソフィアに何を言うべきか、クリフは迷った。
――戦闘中、何の役にも立たないだろうことは否定のしようがない事実だ。
――何しろ、平和そのものの世界にどっぷりつかった女子高生で、ハイダ以降は……捕まって以降はきっとずっとどこぞに閉じ込められていただけだろうから。
――けれど、
「そりゃ確かに嬢ちゃんは戦いに不慣れだろうし、不向きかもしれねえけどよ。
誰かが、そう言ったか? だからどうしろとでもほざいたか??」
「いいえ」
ふるふるふる。激しく振った頭につられて栗色の髪が散った。ばさばさに乱れたそれをあわてて手櫛で梳いて整えたソフィアが、
「誰も、わたしを責めません。捕まって大変だっただろうとか怖かったねとか何もされなかったかいとか。心配してくれて、本当に心配してくれて。誰もわたしを責めたりしないです」
まだ十分温かい紅茶を一口。立ち上る白いもやに、クリフの目に彼女の顎のラインが少しぼやける。
「でも、誰も責めないけど。
思うんです。
元はゲームが好きだった、ただそれだけのフェイトが……この前会ったとき、わたしびっくりしたんですよ。たくましくなっていて、すごく頼りになって。何も変わらないところだってあるけど、フェイト、すごく変わったから」
クリフも紅茶をすする。
思ったよりもブランデーが少なくてそこにはがっかりしたけれど、文句なしにうまいと思った。味にこだわるタチではない、というかなんでも美味しく飲み食いできるクリフだけれど。
この紅茶のうまさは、格別だと思った。
そんなことを思っていると、ぼそぼそ、ソフィアはただ続ける。
「フェイトだけが強くなって、成長していて。だから、ずるいと思ったんです。わたしだけ仲間はずれにされたみたいで、哀しかった。クリフさんもマリアさんも、シュウレンジョウ? で助けてくれたあの人も。わたしが知らないつながりを、フェイトと持ってるから。持っていてその上さらに、みんな強いから。
わたしだけ仲間はずれで、わたしだけ弱くて。どこにいてもいなくても同じで、まるきり足手まといなんだ、って」
ぼそぼそのうちに感情が高ぶったか、大きな瞳に涙がにじむ。目だけが泣いて、口元は笑みを刻んで。泣き笑いは、続ける。
「今が弱いなら、これから強くなればいいよ、ってフェイトなら言います。弱い自分を嘆いたって意味がないじゃないかって、強くなるまでいくらでも待つからって、絶対そう言います。
でも、理屈じゃないんです。
それに、――だからって、置いてかれるのは、もう嫌だから」
まろい頬のラインを涙の粒が伝う。ぽたりとおちる。静かに泣きながらただ紅茶を飲むソフィアを、クリフは複雑な目で見つめる。

◇◆◇◆◇◆

――戦闘以外だったら、今でも十分役に立てるんだろう?
――戦闘以外で役に立てばいいじゃねえか。
そう言うのは簡単だし、ある程度は説得力を持つだろう。けれど、そう言ったところで今ここで声を殺して泣く少女を、本当の意味でなぐさめられるとは思えなかった。この涙を止めたいと思ったけれど、少女はなぐさめてほしいわけではないだろうとも思った。
彼女が今ほしがっているのは、「戦闘の時に怯えないだけの自分」「戦うことのできる自分」「みんなの役に立つことのできる自分」だから。
それを「今」ほしがっているから。無理なことを知って上で、「今」。
だからクリフは、黙って彼女の頭にぽんと手を乗せた。ぽんぽんと、優しく軽く叩くように。ソフィアの頭をなでた。

「泣いている女の子」は苦手だ。「強がって泣くまいとする女の子」はもっと苦手だ。
「女の子」は、いつだって花のように笑っていてほしいし、そのためならなんでもしてやりたいと思う。笑ってくれるなら、無理をすることなく自然に笑ってくれるなら、なんだってしてみせると思う。
そう、別に戦わなくてもいい、ただ守らせてくれればいい。
だから、たとえばフェイトあたりなら言うことができるだろうか。
――たとえば「「守る」栄誉を与えてくれ」とかいう台詞を。

けれどクリフにはそんなこと言えないから。「泣くな」と言いたいところだけど、そう言うべきではないと分かってしまうから。言いたいことを飲み込んで、言うべきことが見付からなければ、何も言わずにただ黙って態度で示すしかないから。
だから、泣きやむまで、今はソフィアの頭をなでてやることにした。
何もできないとしても、いる必要がないわけではない。そこにいるだけで十分だし、みんながソフィアの存在を認めているのだと。ソフィア一人が深刻にならなくても、どんなに深刻な顔をしても、中身はみんな共通して能天気なのだと。

自分が役立たずと感じてしまうことは。
――多分、この世で一番つらいことだと、
思う。

思うけれど、それは間違いだと。口で言うべきではない、態度で示すしかない。
クリフは、ソフィアの頭をなだめるように叩くようになでる。

ソフィアの嗚咽は、まだしばらく続きそうだった。

―― End ――
2005/08/04UP
クリフ+ソフィア
OFP
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Tut es noch weh?
[最終修正 - 2024/06/26-14:21]