強い光をたたえた目がまっすぐに見つめてきて。
見つめ返していたのは、たぶん意地とか負けん気とか、そんなものからだと思う。

―― Nachmalig

「――あんたはさ、この闘いが終わったらどうするんだい?」
何気なく訊ねられたのは、荒れた息が整うよりも前だった。たぶんこの女のことだから、いくら何気なさを装ったところで、きっと質問を投げかけるタイミングを計っていたのだろう。阿呆この上ないことに。
「きっとアーリグリフに戻るんだろう? ああ、でも、あんたいきなり失踪って扱いだったからまずは王様にちゃんと謝らないとダメだろうね」
「……うるせえ」
剣呑にぼやいて、女に背を向け目を閉じる。
長いともいえないにしろ短くない付き合い、確実に深くなってしまった関係。だから。分かりたくもないのに分かってしまった。女が何をいいたいのか、きっと先ほどの質問の裏を、知らず汲み取ってしまった。

◇◆◇◆◇◆

もはや理解をあきらめた、あきらめざるをえなくなった怒涛の展開。わけが分からない彼および彼女の頭上を事態が行き交い、衝突し、そしてあわただしい空気を知らん顔でモンスターどもは次々襲い来る。日ごと敵の強さは増して、けれどだからといってこちらも負けてはいられない。
敵とぶつかるごとに、着実に強くなっていく手ごたえがある。何のために闘っているのか分からないのに、ただただ強くなる、そんな実感がそれでも妙に嬉しい。ああ、そうだ。あの国を捨てた見返りに、ただ強さを手に入れた。雪と氷に閉ざされたあの国で凍えたままなら、これはきっと手に入らなかった。
けれど、そう思ったなら郷愁にも似た寂寥感が心の中を吹き抜ける。
安っぽい心の浮つきなど、おかげであっけなく消し飛んでしまう。

きっと、それは。この女も同じはずで。
だからこそこういう関係にもなったのだろうし、最近では――もってまわったとんでもなく分かりにくいものとはいえ――女の方から誘ってくることさえあるのだろう。いや、強さに対する執着はあまりない女のことだから。彼よりも、強く強くやるせなさを抱えているのかもしれない。

◇◆◇◆◇◆

――この闘いが終わったら。

現実味のない、けれどきっとそう遠くない未来の話。実際にそこまでたどり着くころには、きっととんでもない犠牲を払っているだろうと妙な確信がある。あるいは、たどり着く前に死んでいるかもしれない。彼と彼女と、どちらか――あるいは両方とも。
もしもパーティ全員が――いや、二人ともが五体満足のままたどり着いたのなら。それは僥倖に違いない。今となっては単なる戦力でしかない以上、足手まといになるくらいならリタイアの宣言も選択のうちなのだから。
気休めの想像にさえ、黒い影がちらつく。それを欠いては、ただでさえ現実味のない妄想がさらに夢物語にしか思えない。
だから、そんなあやふやな想像などする気にはならない。
そう、意志表示をしたつもりだったのに。

「――ねえ」
普段なら、いらないほど的確に彼の心情を汲み取るくせに、今日の限って女はなおも手をのばしてきた。わかりにくい上に不親切な彼の思考を読むことができなかったのか、それとも読んだ上で無視したのか。判別のつくはずのないことを一瞬考えて、瞬時に忘れて、アルベルはのびてきた女の腕を、そのしなやかで細い手首をつかまえるとぐるりと身体を回して、組み敷いた。
え、と、至近距離の瞳がまたたく。いつもなら腹立たしいくらいにしたたかなそれが、今は揺らいでいるのが見て取れてそれが腹立たしい。
「ちょ、」
「……余計なこと考えたくねえなら、そうしてやる。てめえの無意味な怯えに俺を巻きこむな」
「おびえって、なん……え、ちょ、……ッ」

◇◆◇◆◇◆

混乱のあまり抵抗がないのをいいことに、混乱が収まるのを待つこともなく。腹立たしいのも事実だったし、実際思考のどん詰まりにいるならという思考も確かにあって、いつも気を使うタチではないけれど、ことさら乱暴に好きに動く。もとより一戦やらかした直後で、落ち着ききってはいない。女の身体は思考を置き去りに反応し、思考はそんな身体にますます混乱する。
ばさりと落ちかかった髪にさえ女の肌は反応し、それを見れば口元が笑みのかたちに歪む。何も考えることができず、襲い来る感覚に翻弄される姿。浮かぶ涙は感情からではなく、生理的な反応から。どこかにはじけ飛びそうになる自分をつかまえようと、足掻いて足掻いて足掻いて、触れるものがなにかを確かめる余裕もなくかじりついてくる。必死にしがみつくそれがますます己を追い詰めるのだと、きっと知らない、知っていてもどうしようもない。
急激に狭くなる視界、のけぞった細い首に、牙を立てる。冷静に冷酷に眺めているふりをしても、彼にだって余裕はない。刻一刻と迫るものを無理矢理に押さえ込む。
そして。

ひときわ大きな悲鳴が上がり、それは嬌声でしかなくて、全身でかじりついた女がおそらく彼の背に爪を立てた。同じタイミングで白に染まった彼の視界、それを確認する余裕はなかったけれど。

◇◆◇◆◇◆

長く尾を引いた声はやがてふつりと途切れて、快楽の残滓でかすむ目で組み敷いた女を見下ろす。余韻で時おり細かく身体を震わせながら、どうやらその意識は完全に失われていた。ひどく重い身体をどけてぐったりと弛緩する女の横に仰向けになる。荒い息を落ち着かせようと深く深く吸って吐いて。

――この闘いが、終わったなら。
一度は無視した問いが、頭の中を巡る。

◇◆◇◆◇◆

事態がまるで理解できない。何かの作業のように、現れる敵をただ斬り伏せる日々だけが続く。それはたぶん認識するよりも神経をすり減らしていって、さらに、終わりを何となく感じ取りながらもまったくそれが見えてこない中途半端さが拍車をかける。
弱い女とは思わないけれど。むしろ精神面を見るなら、パーティ中一二を争うだろうとにらんでいるけれど。
けれど人間でしかない以上、限界はある。
そうそうに諦め開き直ったアルベルとたぶん違って、ぎりぎりまで足掻いた分、ネルの精神の消耗は激しいのだろうと思う。
だから、想像に逃げた。一時的だろうと思う、なにしろ強い女だ。けれど一時でも夢幻に逃げて、あまつさえアルベルさえもそれに巻き込もうとしたのが面白くなかった。

本当に、そうだったのだろうか。
本当は、柔軟で強靭な女の精神はアルベルが逃げたすべてを乗り越えていたのではないか。覚えた不快感は自身の負けを認めたからではないのか。問いは純粋にその問いだけの意味で、女は素朴に彼の――近いだろう未来を疑問に思っただけではないのか。

◇◆◇◆◇◆

奥歯をかみしめる。ようやく落ち着きかけてきたとはいえまだ収まりきっていない息、平静を装った呼吸などではきっと足りなくて、脳味噌が白く灼ける。無言で起こした身体は自分のものではないようにひどく重く、それまではまるで意識していなかった、けれど実際は全身そこかしこに浮かんでいた汗が変に粘ついてひどく気持ち悪い。
それでも、なんでもないように身を起こして。
ぐったりと弛緩しきった女の耳元に何気ない風をよそおって口を寄せて、

「――……」
つぶやいたのはたった一言。吐息にも似たほとんど音のない声に、けれどとろりと女の目が開く。薄く開いて、また閉じて、次に開いたときにはいつもどおりの強い光を帯びていて。
強い光をたたえた目がまっすぐに見つめてきて。
見つめ返していたのは、たぶん意地とか負けん気とか、そんなものからだと思う。
「……そうかい」
ささやきに返す言葉を、探しても持っていないことを知っていたから。
赤い髪の間からのぞく、まだ染まったままの耳に。

軽く、甘く、歯を立てる。

―― End ――
2008/09/29執筆 2015/10/01UP
アルベル×ネル
OFP
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Nachmalig
[最終修正 - 2024/06/21-11:22]